にゃんこ、どうしてるかな~

先週金曜日に後ろ足の調子が悪くなってから日曜日までは側に居れたの

だが、単身赴任中の自分は月曜の朝4:45分にはもう家を出た。

家にいる間に少しずつだけど歩いたり、トイレに行き、ちゅ~るを食べ、

水も飲めるようになった。でもまだまだ歩行はやっとでした。

 

月曜の夕方にラインで「まだ歩き方はカクカクだけどだいぶ動くようになったよ」

と連絡があった。よかった~。ゆっくりでも回復して行ってくれれば。全回復が

無理でも猫らしい行動が出来て機嫌がよくなればそれで言うことはない。

 

調子を崩す直前の「しらたき」くん。

猫が喋れたなら・・・

普段は仲の悪い兄妹の「くろ」ちゃん

「しらたき」を病院に連れていくためかごに入れたら

猛然と僕の足に攻撃してくる。気の強い猫だけどそんなことは今までない。

僕がいじめているように見えたのか、どこかに連れていかれると

分かったのか何回も僕の足に攻撃してくる。守ろうとしている様子が

心に響く。動物の愛情に涙が溢れる。

 

今日は仕事で家のそばを通る。その時ちょっと様子を見て来よう。

 

 

急に猫の様子が・・

10年前に拾ってきた猫が二匹います。

そのうちの一匹が急に歩けなくなりました。

歩けないというか後ろ左足を引きずってかばっている。

痛いのか、麻痺なのかわからないけどとにかく普通じゃなかった。

いつもは甘えてくる子なんだけど、その時は人を避けているみたい。

一晩で歩けなくなった。

ちょうど休みを取っていたので、病院が開くのを待って朝一番で向いました。

出かける前にネットで調べてが血栓で足が動かなくなることも多いらしい。

ほぼほぼ屋内猫なので大路な怪我や事故の可能性はない。

病院で様子を説明して、診察するときに「血栓の場合は動かしただけで呼吸困難

になって死ぬ可能性がある」といわれた。まずは静かに触診、肉球の血色の様子

聴診器で音信を聞き、足の付け根で脈を探った。

診察の結果は血栓等がある感じはしないとのことで、精密な検査をすれば循環器

の病気かどうかは分かるが高額で、時間もかかってしまう。

そこでレントゲンを撮って調べたいという先生からの意向があったので

それに従った。

爪を切ってレントゲン室へ。そこから猫の鳴き声が聞こえた。

今まで静かにしていたのに。よほど怖かったのだろう。

レントゲンの結果では心臓も肺の様子も異常は見られない様子で唯一

膝の関節に白っぽい濁りがある様子で、どうもこれが原因かとレントゲンの

写真を見た限りではそう思われるとの診断でした。

もちろん先生も絶対そうとは言えないし見る限り血栓や肺の疾患の所見は無い

ので痛み止めで様子を見ることになりました。

 

 

温かくなってきました

北海道のやや北の方にある旭川もだんだんと温かくなってきました。

まだまだ春を感じるのは早いですが、舗道の雪も消えてきて車も走りやすく

なってきました。朝はまだ氷点下になることも多いですが日差しがある日中は

お日様の力が増してきたのを感じます。

その様子を家のにゃんこたちは敏感に感じ取っているようでしきりに外に出たがって

「ニャーニャー」とうるさくなってきました。夏はリードを付けて散歩をしてます

猫なんで犬のようには言うことを聞きませんが、それでも外を歩くのは気持ちが

良いのでしょうね。ウッドデッキをネットで囲い自由に出入りできるように夏は

するのですがまだもう少し先になりそうです。

 

 

いざ決戦!てほどじゃないけど。

道路の舗装屋さんに勤めている自分、現地採用社員で大きな仕事は担当しない

はずだったが、人手不足の折、資格を持っているという理由でやや大きな工事の

現場代理人になった。もう年も57歳、不安しかない。

若いころはいろいろ担当したけどもう時代が違う。

短期間での準備、初めて付き合う下請業者、現場の点数(役所の評価)を異常に

気にする上司。

嫌だった本当に仕事が嫌だった。ストレスで発熱したり鬱的な感じになっていた

そんな中、嫁の乳がん発覚、手術。

現場も病気も待ってくれない。正直泣きたいくらいの日々が続きました。

でも頑張れば道は開く。なんてカッコよくないけど、時間が解決してくれる。

嫁も治療も落ち着きそうだし、今日が現場の完成検査の日。

検査が通らないことはない。多少の手直しはあっても今日で終わり。

会社の中では大した事じゃないが、僕にとっては決戦の日、というか審判の日。

午後の2時にはすべてが終わってるでしょう。

 

今夜は手巻きずしにしようか!って嫁にお願いしてきた。

理由はわからないだろうな~。

 

 

 

幸せに生きるとは何か?

誰しも幸せになりたいと思うのは当たり前ですよね

でも幸せになりたいと思っている今の自分が不幸なのかと言えば

必ずしもそうではないはず。

もちろんお金もなく、仕事もなく、住むところもなくなど窮地に

追い詰められている人もいるだろうが、世を捨てて自らその世界に墜ちる

人もいる。

家もある、テレビもある、水道電気ガスもそろってる。でももっと幸せを

望む。もっと、もっと、もっと。

裕福な人を羨ましいと思う、人気者のタレントを羨ましいと思う。

いい車を持っている人を羨ましいと思う。何も持たず自給自足をして生きてる

人を羨ましいと思う。

ないものねだり。

幸せって自分が決めること。

そういう自分も嫌なことや辛いことがあると文句をいい、逃げ出したいと思う。

自分は不幸だと思ったりする。

でも、生きているから感じることができる。自らを由とする。

良いも悪いも自分で決めれる、自分で感じられること。これが幸せなのかもしれない。

 

ウクライナで続いている戦争。犠牲になっている一般の人々

本当の戦争の発端は僕にはわからない。両国で何があったのかは分からないが

民間人の犠牲、正義の名のもと殺人を是としている両国。双方とも潰れればいい

消えてなくなれば良いのに。

彼らを不幸だときっとみんなは思ってる。でも、そんな中でも笑顔があり

夢や希望を見出すことができるならきっとそれは幸せと呼ぶべきなんだろうな。